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公開日:2026/07/23  

国宝「太刀 銘 定利」とは?特徴や伝来など

国宝「太刀 銘 定利」とは

東京国立博物館所蔵「太刀 銘 定利」の特徴と伝来

東京国立博物館が所蔵する国宝「太刀 銘 定利たち めい さだとし)」は、細身でありながら堂々とした姿と、明るく華やかな刃文を備えた鎌倉時代の名刀です。刀工の活動年代には検討の余地が残されているものの、その作風から京都で栄えた古い刀剣文化を伝える重要な一口と評価されています。独特な茎の形や、江戸時代の将軍家にまつわる伝来も見逃せません。

「太刀 銘 定利」の概要

今回取り上げる作品は、東京国立博物館所蔵、日本国宝の太刀です。作者は綾小路定利あやのこうじさだとし)と呼ばれる刀工で、鎌倉時代の13世紀に制作されたとされています。銘は「定利」の二文字で、刃長は約78.7センチ、反りは3.0センチ強です。1949年2月18日に重要文化財に指定され、1951年6月9日に国宝となりました。定利は、京都の綾小路に居住したことから、この呼び名で知られています。古い刀剣書では文永年間(1264~1275年)ごろの刀工と伝えられますが、現存する作品の姿や鍛え方から、実際の制作時期はそれよりやや早い鎌倉時代前期ではないかと考えられています。

細身ながら力強い太刀姿

造り込みは鎬造(しのぎづくり)で、刀身の背にあたる棟は庵棟(いおりむね)です。反りの中心が手元に近い位置にある腰反り(こしぞり)が強く、茎に近い部分では身幅が大きく開く踏張りも目立ちます。全体としては細身ですが、約79センチに及ぶ長さと高い反りによって、優美さのなかに堂々とした印象が生まれています。平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての太刀に通じる、流麗な輪郭を味わえる点が大きな見どころです。刀身の表裏には棒樋(ぼうひ)と呼ばれる幅の広い溝が彫られています。棒樋は刀身の重量を調整するとともに、長い刀身を視覚的に引き締める働きもあります。本作では、樋の先端を茎方向へそのまま延ばす掻流し(かきながし)となっています。

明るく冴えた地鉄と華やかな刃文

地鉄(じがね)は、小さな木目を思わせる小板目肌(こいためはだ)がよく詰み、地沸(じにえ)と呼ばれる微細な鋼の粒が細かく付いています。地鉄が明るく冴えて見えることは、本作が高く評価される理由の一つです。刃文は、小さく不規則に揺れる小乱れ(こみだれ)を基調とし、丁子(ちょうじ)の形を思わせる模様が交じります。焼刃の境界である匂口(においぐち)は深く、小沸(こにえ)がよく付き、刃文の内部には刀身へ向かって伸びる足が盛んに入ります。刀身の先端に現れる焼刃を帽子といい、本作では乱れた刃文が鋒へ入り、刷毛で掃いたような掃きかけを見せます。さらに、刃中には光の筋のような金筋(きんすじ)も現れます。遠目には端正な太刀ですが、近くで見ると地鉄と刃文に豊かな変化があり、静けさと華やかさを併せ持つ作品です。

鎌倉時代の京都と綾小路定利

鎌倉時代の日本刀というと、備前国相模国の刀工がよく知られていますが、京都を中心とする山城国でも優れた刀剣が制作されていました。綾小路定利は、京都四条付近の綾小路に住んだとされる刀工です。定利の現存作は多くなく、その系譜や活動時期には明らかでない部分もあります。文永年間の人物とする伝承がある一方、細身で腰反りの強い姿や、地鉄・刃文の古風な趣から、より早い時代に活躍した可能性が指摘されています。この太刀は、そうした定利の作品のなかでも地鉄と刃文が明るく、姿も堂々としている代表作です。武器としての機能だけでなく、鉄の質感、曲線、焼入れによる模様を総合した美術品として、日本刀が高度に発展していたことを伝えています。

雉子股形の茎と徳川将軍家からの伝来

本作を特徴づける部分の一つが、茎(なかご)の形です。茎は柄に収まる部分で、刀工の銘や制作時の状態を確認するうえで重要な箇所です。この太刀の茎は、制作当初の形を保つ生ぶ(うぶ)で、刃側の途中が一段切り欠かれています。その姿が鳥の脚に似ていることから、雉子股形(きじももがた)と呼ばれます。表面には斜め方向の筋違鑢(すじかいやすり)が施され、棒樋の下に「定利」という二字銘が切られています。伝来については、寛文3年(1663年)、江戸幕府第4代将軍の徳川家綱が日光へ参詣した帰途、岩槻城主の阿部正邦に与えたとされています。その後は阿部家に伝わりました。鎌倉時代に生まれた一振りが、江戸時代には将軍から大名へ贈られる格式ある品として扱われていたことが分かります。

まとめ

東京国立博物館所蔵の「太刀 銘 定利」は、細身で腰反りの強い堂々とした姿、明るく詰んだ地鉄、小乱れに丁子を交えた華やかな刃文を備える国宝です。生ぶの雉子股形を残す茎も珍しく、綾小路定利の作風を知るうえで欠かせない作品といえます。徳川家綱から阿部正邦へ与えられたという伝来からは、日本刀が武器であるだけでなく、権威家格を示す贈答品としても大切に受け継がれてきたことがうかがえます。

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