日本刀の特性を表現する言葉として「折れず、曲がらず、よく切れる」というものがあります。世界一の切れ味を誇ることで有名な日本刀ですが、どのような原理でよく切れるようになっているのでしょうか。この記事では、日本刀の切れ味が鋭い理由や、西洋の剣との違いを詳しく解説します。
日本刀の切れ味が鋭い理由とは?
日本刀の切れ味が鋭いことはよく知られていますが、よく切れる理由まで知っている方は少ないのではないでしょうか。ここでは意外と知らない日本刀がよく切れる理由を3つの点で解説します。
■反り
西洋の剣と日本刀を見て分かる大きな違いは「反り」の有無だといえるでしょう。日本刀も平安時代までは刀身がまっすぐな直刀でしたが、平安時代中期に登場した「古刀」から反りがある現在の形になりました。反りがあることで素早く鞘(さや)から抜くことができ、振り下ろした動作の流れで自然に引き切りを行うことができるだけでなく、切りつけた瞬間の反動をやわらげる効果もあります。
引きながら切るという動きは、まっすぐに切るよりも小さな力で大きな効果を得ることが可能です。これを「斜面の原理」といい、日本刀は反りによって、意識しなくてもこの原理を応用して切ることができます。
■炭素量の調整
鉄は含まれる炭素の量が多ければ多いほど硬くなり、日本刀の製造では炭素を定着させるために「鍛錬」という工程があります。日本刀の原材料には砂鉄を製錬した良質の玉鋼(たまはがね)が使用され、鍛錬の際はこの玉鋼を加熱して沸かし、槌で平たくなるまで打ち延ばします。打ち延ばした鋼に鏨(たがね)で横に切れ目を入れて折り重ねて再び打ち延ばす工程が鍛錬です。
繰り返すことで不純物を取り除き、炭素の含有量を均一にすることができます。玉鋼は鍛錬するほど硬くなりますが、折り返しの回数が多すぎると粘り強さが失われてしまうので、刀工は沸くときの色を見極め、音を聞き、鍛錬に適切なタイミングと回数を判断しているのです。
■重層構造
物質は硬くなればなるほど曲がりにくくなりますが、衝撃に対しては柔軟性を欠き、折れやすくなってしまいます。一方、やわらかければ衝撃を吸収することはできますが、簡単に曲がってしまうため刀身に向いていません。そこで日本刀は、刀身の外側を覆い刃の部分を形作る「皮鉄」(かわがね)と、刀身の芯になる「心鉄」(しんがね)を別々に鍛えて、あとから組み合わせて一体化させることで折れにくさと曲がりにくさを両立することに成功しました。
これにより「折れず、曲がらず、よく切れる」という特性を実現させています。皮鉄は15回ほど折り曲げを繰り返して鍛え、心鉄は7~10回ほど折り曲げを繰り返すとされており、皮鉄と心鉄を一体化させる作業を「造り込み」といいます。
日本刀は西洋の剣とどう違う?
日本刀も西洋の剣も銃などの長距離武器がなかった時代から長く使われてきた近接武器です。儀礼的な神器として用いられることもありますが、武器として比較した場合どちらのほうが強いのでしょうか。日本刀と西洋の剣の違いを比較してみましょう。
■片刃か両刃かの違い
日本刀といえば片刃を思い浮かべますが、日本でももともと両刃の剣が主流で、次第に片刃へと変化していきました。諸説ありますが、古墳時代までさかのぼると片刃と両刃が共存しており、両刃の剣を扱っていたのは剣術の修練を幼いころから積んでいた者で、そうでない者が片刃の剣を扱っていたとされています。それが飛鳥時代になると身分が高い人々も片刃の剣を持ったと伝わっています。
西洋の剣は紀元前8世紀頃のギリシャで誕生し、全長60㎝ほどの両刃の短刀で「突き刺す」ことを主としていました。その後、肉厚で幅広な両刃が開発されましたが形状は大きく変わっていません。両刃は剣を抜いてから切り返しをしなくてもいいので、戦闘を有利に運びやすい作りだといわれています。
■切れ味がよいのはどちらの剣か
日本刀は切れないものはないといわれるくらい切れ味が鋭く、「断ち切る(斬る)」ことに関しては西洋の剣を遥かに凌駕します。
一方、西洋の剣は日本刀のように断ち切るではなく、遠心力や自重で「叩き斬る」ことや「刺突」を目的としている剣なので切れ味を重要視していませんでした。西洋の戦で用いられた甲冑は「プレートアーマー」と呼ばれ全身を金属板で覆う構造をしているため、攻撃をする際は甲冑のわずかな隙間をつくことができる貫通力の高い剣や、甲冑ごと殴打できる強度の高い剣が必要だったのです。
■頑丈なのはどちらの剣か
殴打することを想定して作られているため、単純な強度だけでいえば西洋の剣が日本刀よりもかなり頑丈です。日本刀は実用品よりも芸術品としての側面が目立つようになりましたが、実用的な武器として切れ味を極限まで追求して作られた結果、刃物として切る力を伸ばすゆえに刀身を薄く仕上げたことで、使い方を誤ったときなどの不自然な負荷に弱いのがポイントです。日本刀は折れてしまえば使えないことはもちろんですが、少し刃こぼれしただけでも使い物にならなくなってしまいます。
ほかにも、温度や湿度の変化にも弱く、保管時さえも細心の注意を払わなくてはいけません。それに対して西洋の剣は刃こぼれについてそれほど問題ではありません。刀身が幅広で厚みがあるのでとても頑丈で、欠けることはあっても折れることはありませんでした。
日本刀の切れ味の鋭さがよくわかる歴史・エピソード
江戸時代の人々は日本刀の切れ味を調べるときに実際に試し切りをして切れ味を確かめていたそうです。ここでいう試し切りは畳や藁ではなく、斬首刑となった罪人の遺体を実験台にして刀剣の切れ味を検証することでした。
具体的には、台の上に複数の遺体を積み重ね、ひと太刀で何体まで切ることができるかを試していたそうです。両断した遺体(胴)の数によって「二ツ胴」「三ツ胴」というように刀の銘が決まり、それが刀の「茎」(なかご)に刻まれています。試し切りの歴史において最高記録は、「七ツ胴落とし兼房」(ななつどうおとしかねふさ)という日本刀です。
この試し切りは1681年(延宝9年)に行われ、梯子の上から飛び降りるように切りつけると、積み上げられた7体の遺体がすべて両断されていたと伝わっています。このほかにも「巨石を真っ二つにした」や「触れてもいないのに首を切り落とした」といった逸話を残す日本刀がたくさん現存しています。
まとめ
日本刀がよく切れる理由を、構造や製造過程の面から解説しました。日本刀が西洋の剣とまったく違った用途で製造されていることが理解できたのではないでしょうか。さまざまな逸話やエピソードを持つ日本刀が現存しているので、調べてみると面白いかもしれません。