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公開日:2026/02/06  

日本の国宝指定の日本刀「太刀 銘 包永」とは?

国宝指定の日本刀「太刀 銘 包永」とは
国宝の「太刀 銘 包永」は、静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ)美術館が所蔵する刀剣コレクションの1つです。

概要

静嘉堂文庫美術館が所蔵する国宝「太刀 銘 包永(めい・かねなが)」は、茎に二字「包永」を切り、作者像まで追える点がまず特徴的です。作者は大和国手掻派(てがいは)を開いた初代包永手掻包永(てがいかねなが))で、奈良・東大寺の転害門前に住したと伝えられ、正応年間(1288~1293)頃に活躍したとされています。静嘉堂の刀剣コレクションは約120振に及び、その中で国宝に当たるのは本作のみと紹介されています。鎌倉時代13世紀は、戦の現場で求められる強さと、武家の美意識が求める品格が交差した時代であり、本太刀はその両面を示しています。700年以上を経ても地刃が健全だと評されるほど保存状態が良く、鑑賞の手がかりが失われていません。さらに「菊桐紋蒔絵鞘糸巻太刀拵(きくきりもん まきえさや いとまきだちごしらえ)」が附属するため、刃だけでなく佩用具を含む当時の装いまで想像できます。日本刀を初めて体系的に見たい人にとっては、鑑賞の基礎となる「姿鍛え肌刃文」を一度に学べる、非常に親切な刀剣と言えます。

刀身の特徴

本作の造り込みは鎬造庵棟、鎬を高く立てて鎬幅も広く、鋒は中鋒に収まります。刃長は約73.0cm、反り約2.7cm、元幅約2.9cm・先幅約1.9cmという均整で、腰反りがきいた太刀姿がひと目で伝わります。とは刀身の稜線で、ここが高いほど輪郭が締まり、姿に武骨さと気品が同居します。地鉄は板目肌が流れ、そこへ柾目が交じります。大和物らしい柾の筋を、光を斜めに当てて追うと、鍛えの緻密さが読み取りやすいです。地沸がよく付き、刃文は匂口がやや沈みながら沸が強く輝き、浅い湾れに小乱れ・互の目が交じります。小足・葉が入り、金筋が走る場面もあり、刃中の働きが観察できます。帽子は浅く湾れて僅かに返り、掃きかけるように終わるため、切先の形状がが際立ちます。最後に茎へ目を移すと、磨上げた茎に四つの目釘孔が残り、棟寄りに二字銘が据えられている点が、在銘太刀としての格を物語ります。

歴史・時代の流れ

包永が活躍した13世紀後半は、鎌倉幕府のもとで武家社会が成熟し、実戦刀の需要が高まる一方、名品を愛でる文化も育ち始めた時期です。大和国の手掻派は、東大寺門前の工房群を基盤に勢力を広げ、柾目を利かせた鍛えと沸の冴えで「質実」を核にした作風を確立しました。静嘉堂では、初代包永が正応年間(13世紀末)頃に活躍したこと、そして本作が稀有な在銘作であることが紹介されています。文化遺産データベースでも、初代包永作中の白眉と評され、刃文に一段と強く輝く沸が付く点が強調されています。古い日本刀は、長さや佩用法が変わるたびに磨上げが行われ、同資料は包永の作に生ぶ茎がほとんどないことも述べています。磨上げは姿を変える行為である一方、刀が実用品として生き続けた履歴でもあります。昭和初期に重要文化財、1952年11月22日に国宝へ指定され、現在は公益財団法人静嘉堂が保存と公開を担っています。技術史としても文化史としても、一振りの太刀が七百年以上の時を経て現代に残っている事実が、評価の土台です。

まとめ

本作は、手掻派骨太な美意識を核にしつつ、二重刃金筋といった見応えを備えた名作とも言えます。沸は刃中に現れる結晶状の輝きで、角度を変えるほど表情が増します。附属の糸巻太刀拵は、刀身を単体の工芸品に終わらせず、武家の装束や儀礼の感覚を伝えています。「太刀 銘 包永」は、鎌倉時代の大和物を知るうえで欠かせない日本刀であり、在銘の稀少性と地刃の情報がよく残る点でも価値が高い刀剣です。

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