「業物(わざもの)」という言葉を聞いたことのある方は多いでしょう。
それがもともと日本刀を表す言葉だということを知っている人もいらっしゃると思います。
が、業物とは具体的にどんな刀のことを指すのかを知っている人はそう多くないのではないでしょうか。
「業物」は、日本刀を切れ味から見たランキング
日本刀というものには、いつでも二つの側面があります。
★ひとつは人を斬る武器としての側面。
★もうひとつは、武器でありながら見て飽きないという美術品、愛蔵品としての側面です。
人を斬る必要がなくなった現代においては後者の側面が重要視されているのは当然のことです。
そこでは刃に浮かぶ文様の美しさや刀の姿の美しさ、金属の肌の美しさなどが問われます。
が、言うまでもないことですが、江戸時代ごろまでの日本人にとっては、重要なのはむしろ前者、すなわち人をちゃんと斬れるかどうかでした。
「業物」というのは、そのころの日本人が作り出した日本刀の位づけです。
その基準はただひとつ。
切れ味、ただそれのみです。
刃文も姿も関係ありません。
「業物」とは、日本刀の切れ味ランキングなのです。
対象になっているのは「新刀」、すなわち江戸時代に作られた刀が多いのですが、室町後期から安土桃山時代の古刀もいくつか扱われています。
日本刀の場合、刀匠の名前がそのままブランド名ですから、ランキングも刀匠の名を書き連ねたものになっています。
業物ランキングは実際に人体を斬って作った
業物ランキングを最初に作ったのは江戸時代の遠州浜松藩士、柘植平助方理という人です。
1797年といいますから十一代将軍家斉の時代です。
台上に置いたものを斬る「据物斬り」の名手だった須藤五太夫睦済と、罪人の首斬りをしていた首斬り朝右衛門こと山田朝右衛門吉睦に協力を得て、「懐宝剣尺」という本を編纂しました。
ここに「業物ランキング」を載せたわけです。
山田朝右衛門はその後さらに独自に試し斬りを重ね、「古今鍛治備考」という本で「懐宝剣尺」のランキングを追加訂正しました。
この業物ランキングが現代まで長く価値を保ってきた理由はなんといっても、それが実際に人体を斬って検証されたものだからです。
山田朝右衛門という人は嫌がる人の多い首斬りの仕事を引き受けるかわりに、罪人の死体を貰い受けていました。
それを試し斬りに使ったのです。
現代の感覚からいうと受け入れがたい残酷な話に聞こえるでしょうが、当時は忌避されることではありませんでした。
朝右衛門は切れ味を正確に確かめるために死体の斬りかたにも工夫をこらし、死体を積み重ねて何体まで斬れるかを試したりしました。
一人を両断できるなら一つ胴、二人なら二つ胴、三人斬れれば三つ胴と呼び、刀に斬った結果を刻んだりしたそうです。
斬り方もいま私たちが時代劇で見るような端正な構えからの斬撃ではなく、両足を揃えて立ち、お辞儀するように身体を折りながらまっすぐ振り下ろすという、刀の質を見るためだけに考案された独自なものでした。
あくまでも刀を実用品として測定しようという徹底した工夫があったのです。
他に固い物体を斬る据え物斬りや、折れやすい角度から衝撃を加えてみる試験なども行いました。
とにかく徹底した日本刀の性能試験でした。
こういった凄まじいテストの結果作られたランキングですから、これが長い間価値を持ってきたのはある意味当然のことでした。
「業物」には四つのランクがある
柘植平助と山田朝右衛門によって作られた業物ランキングは、刀を四つのランクに分けています。
大半の平凡な刀はランクの中に含まれていません。
優れた刀のなかで、さらに位階を分けています。
〇まずは「業物」。
四つのランクでは最下位ですが、初代越後守包貞や井上真改など、有名な刀匠が名を連ねています。
〇業物の上が「良業物」。
のちに新選組の沖田総司が愛用したといわれる大和守安定など、こちらも名のある刀匠がずらりと並んでいます。
〇良業物のさらに上が「大業物」です。
このランクに記された名前はわずか二十ほど。
安土桃山時代の終わりに新刀を作り上げた功労者のひとり堀川国広や、大坂の新刀鍛冶の基礎を築いたという初代和泉守国貞など、日本刀の発展に大きな功績のある刀匠の名が並んでいます。
〇そして大業物のさらに上、ランキングの最上位に位置するのが「最上大業物」。
最上大業物十四工と呼ばれる十四の名前が並んでいます。
初代虎徹こと長曽祢興里、その後継者の二代目虎徹。
関の孫六の異名で知られ、豊臣秀吉や武田信玄も愛用したという室町の名工、孫六兼元。
兼元と人気を二分した二代目和泉守兼定。
いずれも歴史に名を残す傑物たちです。
「業物」には日本刀の面白さが詰まっている
業物のランキングに名のある刀匠たちを調べてゆくと、いろいろなドラマや血縁関係や師弟関係があり個性豊かな逸話があり、またその刀をめぐるエピソードもあって飽きません。
「業物」という日本刀独自のランキングを知ることは、日本刀の歴史や見どころを知るための、かっこうの手がかりになることでしょう。