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公開日:2023/12/01  

新選組局長が振るっていた刀剣とは?近藤勇の愛刀の現在

近藤勇は、新選組の局長として幕末時代に活躍しました。穏やかな性格でありながら約200人所属していた新選組を束ね、多くの人々に尊敬されていたのです。しかし、戊辰戦争で敗北し、新政府によって処刑され、35歳で亡くなる運命を辿ります。そんな彼が常に身に着けていた愛刀はどのようなものなのでしょうか?こちらで詳しく解説します。

京都の治安を守るために組織された「新選組」

新選組は、京都の治安を守るために作られた組織です。約200人が所属し、反政府組織として治安を乱す浪士を相手に乱闘を繰り返していました。もっとも有名な事件として池田屋事件が挙げられます。

約200人が所属

新選組は、京都の警察組織のような役割を果たすために設立されました。彼らの目的は、街を徘徊する反政府組織との対決です。組織には約200人の優れた剣の使い手が所属していました。新選組は過酷な任務であり、常に戦闘に身を投じていたのです。組織自体も指導者のほかに多くの兵士を抱える大規模な組織でした。

池田屋事件で有名に

新選組を有名にしたのは、池田屋事件です。この事件では、土佐出身の浪士たちが幕府の要人を暗殺しようと計画し、京都の街を放火して混乱させました。この事件に気づいた新選組は衝突し、幕府を守るために戦ったのです。事件の中には後の15代将軍である徳川慶喜も関わっており、新選組の奮闘によって幕府は守られました。この事件が名前の由来となり、浪士たちの潜伏先であった池田屋が注目されたのです。

戊辰戦争で終わりを迎える

江戸幕府が大政奉還によって終焉を迎えると、新選組の状況は一変しました。大政奉還後も政治の実権を握っていた徳川慶喜は、薩摩藩を中心に結成された浪士たちによって幕府から追放されたのです。こうして旧幕府と新政府の衝突が戊辰戦争となり、新選組も武器を手に戦いましたが、敗北を喫しました。その結果、新選組は力を失い、その終焉を迎えることとなったのです。

新選組局長「近藤勇」とは

新選組局長であった近藤勇は、農民の出身でありながら剣の達人です。幼少期より剣に魅せられ、剣の腕も確かであったため、剣を極めるために近藤家へ養子として入ることになります。新選組のトップでありながら、農民の出身であったことから、近藤勇を手本とする人が多く集まりました。

優しい反面頑固な性格

近藤勇は優しい性格であったようです。しかし、頑固な一面もあり、一部の人からは、わがままなどの辛辣な評価を受けることもありました。それでも、大らかで愛嬌のあるキャラクターだった近藤勇は、ほかのメンバーから慕われていたのです。また、仲間思いでもあったという説も残されています。実生活では、率先して家事や身の回りのことを行い、働き者としての評価もありました。

最期は新政府軍に処刑される

近藤勇の最期は、新政府軍からの処刑によって閉じられました。新選組が解散したあと、逃げ場を失った近藤勇は投降します。本来は処刑されるほど重い罪に問うつもりではないという説がありますが、処刑されたきっかけは、坂本龍馬の死です。結果、新選組の局長として活躍した近藤勇は、35歳で人生を閉じました。

近藤勇が所持していたとされる長曽祢虎徹

近藤勇が愛用していたといわれるのは、日本刀の名匠・長曽祢虎徹によって作られたとされる刀です

長曽祢虎徹は、その名で広く知られるほどの著名な刀匠でした。その刀は、近藤勇が幕末の戦乱を駆け抜ける際にお気に入りとして手にしていたものでした。

その刀は使い古されても、鞘にスムーズに収まるなどの優れた性能を持ち、周囲からも話題となっていました

刀工・長曽祢虎徹が作った日本刀

長曽祢虎徹は日本刀の名工として高い評価を受けており、その切れ味や品質は多くの武士たちからも人気を博していました。その名声はブランドともいえるほどであり、多くの模倣品や偽物も出回っていたため、近藤勇の愛刀も贋作だったといわれています。

近藤勇が愛用していた刀

近藤勇が愛用していたのは、抜刀と脇差のセットです。身につける刀は長曽祢虎徹のもので統一しているくらい気に入っていたと考えられます。

また、長曽祢虎徹に向けて手紙を書いており、品質のよい刀を作って欲しいとお願いする旨の内容が書かれた書物も見つかっているのです。現在は、山口県の岩国美術館にて展示されています。

まとめ

近藤勇は、新選組局長として約200人もの剣士を率いて活躍していました。優しい性格で多くの人を惹きつける剣の達人で、多くの人に慕われていた人物です。新選組を有名にした池田屋事件では、要人を守ったことで幕府から高い評価を得ました。しかし、大政奉還後の戊辰戦争にて敗北し、新選組は解散。近藤勇はみずから新政府に向かいますが、坂本龍馬暗殺の疑いをかけられ処刑されてしまい最期を迎えました。そんな近藤勇が愛用していた刀が、長曽祢虎徹が作ったとされる刀です。切れ味がよく、使い古しても鞘に戻る刀であることを評価していました。現在は山口県にある岩国美術館で展示されています。

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