戦国時代の武士や大名たちにとって、刀はステータスのひとつであるといえます。切れ味鋭い刀や、芸術品としての刀まで、数多くの刀が存在します。かの有名な戦国武将たちは一体どんな刀を持っていたのでしょうか。今回は、織田信長の義弟でありながら、戦国の世の運命に翻弄された、悲運な戦国武将、浅井長政の愛刀について解説します。
浅井長政とは
浅井長政は戦国時代、現在の滋賀県にあたる近江の国をおさめていた有力な戦国大名です。長政は、天下統一を目指していた織田信長にも高く評価され、信長の妹であるお市の方と結婚、信長の義弟となりました。義兄となった信長とは、良好な同盟関係を続けていましたが、室町幕府15代将軍の足利義昭が発した信長包囲網によって、長政の運命は大きく変わることとなります。
信長包囲網によって、かねてから浅井家と同盟を交わしていた隣国の朝倉家や、実の父である浅井久政から、室町幕府の意向に従うようにと度重なる懇願を受け、心を折られた長政は泣く泣く義兄である信長を裏切ることとなるのです。義弟として信頼していた長政に裏切られた信長は激怒し、1570年の姉川の戦いにおいて、浅井、朝倉の同盟軍を破り、浅井家、朝倉家はともに滅亡することとなります。長政は29歳という若さでこの世をさることとなりました。信長を裏切った結果、滅ぼされてしまった長政ですが、後世の評価では、長政は義理堅く人情味あふれた人物であると高く評価されているのです。
信長が実の妹との結婚を許すほど、戦国武将としての能力を高く評価されていたこともその証明で、信長の右腕として、非常に優秀な実力者であったという評価も多く存在しています。実の父や、昔からの同盟関係でつながっていた仲間の懇願を断ることができず、結果的に信長を裏切らざるを得ない立場になってしまったことが、長政の武将人生にとっては最大の悲運だったといえるでしょう。
浅井長政にまつわる刀剣エピソード
29歳という若さで亡くなった長政の愛刀は、太刀銘一です。浅井一文字と呼ばれたこの刀は、長政が残した名刀として、とても有名な刀のひとつです。浅井一文字は、長政が信長の妹のお市の方と結婚した際に、信長からプレゼントされた刀といわれています。浅井一文字は長政の死後、後に淀殿と呼ばれることとなる、長政の長女の茶々姫へ、形見分けとして送られることとなりました。
この浅井一文字は、天下統一をとげた豊臣家が滅びることとなった、大阪夏の陣の際に、豊臣秀頼や淀殿の命とともに、一時行方不明となります。その後に発見された浅井一文字は、刀として極上の価値が認められていたことから、尾張徳川家が所持することとなり、江戸幕府二代将軍徳川秀忠へと献上されることとなったのです。浅井一文字を作刀したのは、備前の刀工集団の福岡一文字派で、名工が仕上げた見事な逸品と評価されています。
また、長政がお市の方と結婚する際、長政も信長へ石割兼光という刀を贈っています。石割兼光は浅井家が持つ貴重な宝として扱われており、作刀したのは、名工揃いの備前長船派の刀工である兼光でした。石割兼光は、もっとも切れ味が優れた最上大業物と評価される刀で、浅井家につたわる至極品だったのです。武士のステータスとして存在した刀は、実戦での使用のみならず、芸術品としての価値も持っており、戦国武将たちに愛されていたことが記録として残っています。
浅井長政の愛刀の現在
長政の愛刀である浅井一文字は、長政から茶々姫へと渡り、豊臣家の滅亡とともに、尾張徳川家が所持し、江戸幕府二代将軍徳川秀忠の手に渡りました。その後、秀忠から娘婿である前田利常へと渡り、江戸幕府五代将軍徳川綱吉の側近となる柳沢吉保が所持することとなりました。1867年に江戸幕府が滅亡し、廃藩置県によって、柳沢家から売りに出されることになった浅井一文字は、明治時代に内閣総理大臣を勤めた、軍人としても知られる山縣有朋が譲り受けることとなったのです。
300年以上の時を経過しながらも著名人たちの手に渡り続けた浅い一文字でしたが、1923年に発生した関東大震災によって、完全に焼失してしまいます。焼け跡からは残骸すらも見つからず、戦国の世から逸品として存在し続けた長政の名刀は歴史から姿を消すこととなったのです。また、長政が信長へ贈った石割兼光も、現在では行方不明となっています。
まとめ
織田信長からも認められた、近江の有力武将の浅井長政は、運命に翻弄され、悲しい末路をたどることとなります。刀は戦国武将たちのステータスという一面も持っていましたが、長政が所持した浅井一文字は、名工によって仕上げられた極上の逸品でした。長政の死後、浅井一文字は娘である茶々姫の手に渡り、その後も著名人たちのもとを転々とし、戦国時代から江戸時代、明治、大正と300年以上にも渡り、変わりゆく時代とともに存在し続けましたが、1923年の関東大震災によって完全に消滅してしまいました。浅井家のはかない最期を自らもたどるように、浅井一文字は、ひっそりとこの世から姿を消すこととなったのです。