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公開日:2023/09/15  最終更新日:2023/06/22

日本刀の最高峰!天下五剣の一振り・大典太光世の逸話や価値を解説

刀

昨今ゲームなどの影響で日本刀が注目を集めており、国内にとどまらず海外でも日本刀の人気が高まっています。本記事は、天下五剣の一振である大典太光世について解説するとともに、大典太光世の来歴や逸話をお伝えします。また、大典太光世の値段についても解説するので、大典太光世に興味がある方はぜひ参考にしてください。

日本刀の頂点に輝く大典太光世とは

「大典太光世」は日本刀のなかでも、とくに名刀といわれる「天下五剣」の一振に数えられる名刀です。一期一振吉光、数珠丸恒次、三日月宗近、童子切安綱とともに室町時代以来「天下五剣」と称されています。

天下五剣のなかで刃長が最も短いものの、身幅広く反りが高く重量感のある個性的な造りが特徴な太刀となっています。大典太光世は、筑後国で活躍した平安時代の名工「三池典太光世」が作刀した太刀で、戦国武将の前田利家を祖とする旧加賀藩主前田家に伝えられてきました。

枕元に置くと病が治る霊刀と噂されていたため、霊剣としての逸話が残っています。ハバキの裏には、前田家の家紋である梅鉢紋が入っています。大典太光世は足利将軍家、豊臣秀吉、前田家などさまざまな家に伝えられ、1957年には、国宝にも指定されています。

光世の手によって生み出された大典太光世の来歴

大典太光世は平安時代後期につくられたとされる名刀ですが、大典太光世がどのように現代まで伝えられてきたかご存知でしょうか。ここでは、大典太光世の来歴を詳しく解説します。

足利将軍家

三池典太光世は、足利家に大典太光世を献上しました。大典太光世は、鬼丸国綱など、ほかの刀とともに、足利家の重宝として伝承され、尊氏以後十三代にわたって受け継がれてきました。

豊臣秀吉

室町幕府15代将軍足利義昭が、領地と引き換えに大典太光世などの刀を豊臣秀吉に譲りました。その後、秀吉の晩年に形見分けとして、大典太光世は前田利家へ授けられました。

前田家

前田家にて「加賀前田家三種の神器」として「鳥とまらずの蔵」で保管し後世に残すことになりました。

近現代

1956年に重要文化財に、翌年には国宝に指定されました。現在は前田家の文化財を管理する前田育徳会が収蔵しています。

天下五剣・大典太光世にまつわる逸話

大典太光世は名刀として、さまざまな家を経て現代に伝えられてきました。ここでは、大典太光世にまつわる逸話を詳しく解説します。

伏見城の肝試し

あるとき、加藤清正と黒田長政が「伏見城の千畳敷の廊下を深夜に歩いていると、幽霊に刀の鞘を掴まれて通れない」という噂話をしていました。その話を聞いた前田利家は、「そんなわけない」と取り合わなかったが、結局利家が行って確かめることになりました。

その話を聞いた豊臣秀吉は利家のことを心配して、大典太光世を持たせました。利家は大典太光世を携えて千畳敷の廊下に出向きましたが、何も起こらず無事に帰ってきました。こうして、肝試しをやり遂げた利家は、その勇気と噂を払しょくしたことを秀吉に評価され、正式に大典太光世を与えられたそうです。

豪姫の病

大典太光世が前田利家に渡ったとされる、もうひとつの逸話が豪姫の病を治す話です。前田利家の四女の豪姫は、あるとき原因不明の病にかかってしまいました。そこで父の利家は霊力があると伝えられる大典太光世を、豊臣秀吉から借りて、豪姫の枕元に魔除けとして置きました。

すると、たちまち病が治ったのです。しかし、大典太光世を秀吉に返却すると豪姫は再び病にかかってしまいました。

また、大典太光世を借りると病が治り、返すと再発するということが何度か繰り返されたので、秀吉は大典太光世を利家に贈りました。これ以降、大典太光世は前田家が所有することになり、現在に至ります。この話は豪姫ではなく利家の息子の妻である珠姫の話という説もあります。

鳥とまらずの蔵

大典太光世は前田家の居城である、金沢城内のお蔵に保存されました。すると、その蔵の屋根にとまった鳥が地面に落ちて死んでしまいました。その後も蔵の周りにはいつも鳥が落ちていたため、「大典太光世の霊力のなせる業」と伝えられ、その蔵は「鳥とまらずの蔵」と呼ばれるようになりました。

試し切り

江戸時代に首斬り役の山田浅右衛門が、大典太光世で刀の切れ味を実際に試す「試し切り」をしたところ、積み重ねた3体の死体の内2体の死体を切断し、3体目の背骨で止まりました。

試し切りが行われたのは作刀されてから約700年経っていたと思われますが、その切れ味に一同驚嘆したそうです。

国宝のため値段をつけるとしたら数億の価値がある

大典太光世は国宝のため売買される可能性は低いですが、天下五剣と相応の価値があるといわれる「大包平」という太刀は昭和42年に文部省に買い取られました。そのときの価格は6,500万、現在の価値に置き換えると約2億7,000万円という大金でした。

ということは、天下五剣の大典太光世も同等かそれ以上の値段がつくと考えられます。大典太光世には2億円以上の値段がつく可能性がありますが、簡単に値段をつけられないほどの歴史的価値のある名刀です。

まとめ

本記事では、天下五剣の一振である大典太光世の来歴や逸話、価値について解説しました。大典太光世はとくに前田家との深い関わりがあり、不思議な力をもつ霊刀としてさまざまな逸話も残されています。

逸話からわかる霊威や切れ味から国宝に指定されるのも頷けます。国内外で高い人気を誇る日本刀。その背景や逸話を知ることでさらに日本刀への興味が深まるでしょう。本記事が大典太光世に関心をもつ方の役に立てれば幸いです。

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