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公開日:2023/08/01  

伝説の刀剣・鬼丸国綱!その歴史と神話的魅力を解き明かす!

伝説の刀剣・鬼丸国綱
鬼丸国綱は「天下五剣」と称される日本刀の中でも最高傑作とされ、天皇家が所有する貴重な御物です。その名にふさわしく、鬼との関わりをもつ刀として名高く、数々の権力者たちが所有してきました。本記事では、鬼丸国綱の由来や印象的なエピソード、歴代の所有者、そして現在の御物としての存在について解説します。

魔除けの力を秘めた伝説の刀・鬼丸国綱とは

鎌倉時代に生まれた鬼丸国綱は、伝説的な魅力と魔除けの力をもつ刀です。その製作は刀工の粟田口国綱によって行われました。粟田口家は鎌倉時代前期に活躍した刀工集団であり、国綱はその家系の6番目の子です。鬼丸国綱の刃の長さは78.2cmで、反りが3.1cmあります。その強い反りと、切先(刃の先端)に向かうにつれて細くなる美しい姿は、日本刀の理想を体現しているといえるでしょう。

刀工・粟田口国綱

粟田口国綱は13世紀初めに活躍した刀工です。彼と同じ時代には、朝廷の指導者である後鳥羽上皇が存在しました。後鳥羽上皇は政治や和歌の才能に加えて、みずから刀を作るほど刀づくりにも造詣が深かったことで知られています。しかし、1221年の承久の乱で鎌倉幕府軍に敗れ、後鳥羽上皇は隠岐に流されることになりました。

この流刑に従って、粟田口国綱も隠岐に移住。彼は優れた刀工として名声を博していましたが、鎌倉幕府から何度も鎌倉への招待を受けても拒否し続けました。後鳥羽上皇が1239年に亡くなった後、国綱は鎌倉に移り住むこととなります。鬼丸国綱の正確な制作年代は分かっていませんが、所有者が時政であれば承久の乱以前に、時頼であれば承久の乱後に作られた可能性があるでしょう。その後、鬼丸国綱は伝説となり、その魔除けの力と美しさによって多くの人々を魅了し続けています。

神話と歴史が生んだ不思議な名剣エピソード

鬼丸国綱には、「太平記」という軍記物語において興味深いエピソードが伝えられています。物語によれば、鎌倉幕府の執権である北条時頼(または時政ともいわれる)が、夢の中で小さな鬼が現れ、それが原因で病に冒されてしまうのです。

そんなとき、老人の姿をした鬼丸国綱が現れ、時頼に刀の錆を落とすよう頼みます。時頼はその指示に従い、太刀を抜いたまま寝ると、翌朝には刀が部屋にあった火鉢の足を一刀両断していました。

切り落とされた火鉢には、夢に現れた小鬼と瓜二つの飾りが彫り込まれていたのです。このできごと以降、小鬼は現れなくなり、時頼の病状も改善されたと伝えられています。この逸話から、鬼丸国綱には魔除けの力があると考えられるようになりました。

剣豪たちを魅了し続けた鬼丸国綱の所有者たち

鬼丸国綱は、歴史上の名だたる人物によって所有された名刀として知られています。まず、鬼丸国綱は鎌倉幕府の執権である北条家の本家である得宗家の所有物でした。しかし、北条家の滅亡後、名だたる所有者が次々と現れます。

鎌倉幕府の執権北条家や新田義貞、剣豪として著名な足利義輝、そして豊臣秀吉が足利家から譲り受けるなど、多くの権力者がその刀の所有者となったのです。最終的には明治天皇が鬼丸国綱を所有することとなりました。

新田義貞

新田義貞は鬼丸国綱を手に取った最初の人物です。彼は鎌倉を攻め落とし、幕府の打倒に貢献しました。義貞は後醍醐天皇に仕え、建武の新政の基盤を築いたのです。しかし、1338年の藤島合戦で敗れ、その命を落としました。

足利義輝

その後、鬼丸国綱は室町幕府の管領家である斯波家を経て、足利家に渡ります。足利義輝は名高い剣豪将軍であり、鬼丸国綱を手にしてみずから戦いました。彼は剣聖である塚原卜伝や上泉信綱から奥義を学び、1565年には襲撃者たちとの戦いで鬼丸国綱を振るったのです。

豊臣秀吉

豊臣秀吉も鬼丸国綱の所有者のひとりです。彼は天下人となり、鬼丸国綱を手に入れました。しかし、秀吉は刀を自身の手元に置かず、刀剣鑑定家の本阿弥家に預けることを選んだのです。この預けられた状態は、徳川家の時代まで続きました。

明治天皇

徳川家が政治の舞台から退いた後、鬼丸国綱の所有権について問題が生じました。本阿弥家は新政府に頼み込み、鬼丸国綱を幕府が朝廷に献上した刀であると主張。それによって、鬼丸国綱は明治天皇の元に送られ、皇室財産として現在まで保管されています。

現在は御物のひとつであり値段はつけられない

鬼丸国綱は現在、天下五剣のひとつでありますが、国宝や重要文化財に指定されていません。その理由は、鬼丸国綱が天皇家の所有物であり、保護の必要性が低いと見なされているからです。この刀は皇室の所有物であり、市場に出回ることはありません。

そのため、鬼丸国綱には具体的な価値が付けられることはありません。この刀は「御物」として扱われており、保護されているという面ではよい状況ですが、一般の人々が鑑賞する機会は非常に限られています。

まとめ

鬼丸国綱は鎌倉時代に作られた名剣であり、伝説的な魔除けの力をもっているといわれています。この刀は数多くの権力者によって所有され、最終的には皇室の御物となるという驚くべき運命をたどりました。そのため、一般の人々が実際に目にする機会は非常に稀です。しかし、明治神宮の宝物殿などで鬼丸国綱のレプリカが展示されることがあります。興味のある方は、定期的に展示情報を確認してみてはいかがでしょうか。

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