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公開日:2022/12/15  

有名な戦国武将はどんな刀を持っていた?本多忠勝の愛刀をご紹介!


戦国武将の名前を挙げる際、必ずといってよいほど名前が出てくる人物が本多忠勝です。戦国武将の中でも圧倒的知名度を誇る本多忠勝ですが、どんな人物かをご存じでしょうか。武将として歴史に名を馳せた本多忠勝の生涯や、本多忠勝が持っていた愛刀の名前、現在その愛刀がどこにあるかまで、詳しく解説します。

本多忠勝とは

まずは本多忠勝についてです。本多忠勝は1548年に三河国額田郡蔵前(現在の愛知県岡崎市西蔵前町)に誕生しました。10歳のときから徳川家康の小姓として使えはじめ、12歳のときに初陣を迎えます。それまでは名前が鍋之介でしたが、初陣を迎えるタイミングで“ただ勝つのみ”という意味を込め忠勝という名前が与えられました。しかしこのときはまだ幼かったこともあり戦績が振るわず、危うく討ち取られそうだったところを、叔父の本田忠真に救われています。

その後まったく戦績が振るいませんでしたが、1562年の鳥屋根攻めにおいてはじめて敵の首を挙げたことをきっかけに、1570年に姉川の戦いが起きた際には、撤退寸前まで追い込まれたものの、忠勝が突破口を開くためにたった1人で朝倉軍の正面から突撃を仕掛け、これにより士気を高めた徳川軍は側面から突撃し、朝倉軍は崩壊。形勢逆転という形で勝利を収め、重要人物として召し抱えられることになりました。

本多忠勝の功績はそれだけに留まりません。1572年に起きた二俣城の戦いで武田軍と遭遇した際に殿を努めあげ、不利な地形にもかかわらず見事徳川家康率いる本陣を撤退させることに成功。同年には三方ヶ原の戦いでも武田軍を混乱に陥れ、主君である徳川家康を敗戦の状況から見事味方の陣まで撤退させています。

徳川家康からの信頼が非常に厚いのみならず、敵である武田信玄の近習、小杉左近からは“家康に過ぎたるものが2つあり、唐の頭に本田平八”という歌が詠まれ、敵将の豊臣秀吉からは“天下無双の東の対象”と称賛されるほどその才能を認められた人物です。生涯を通じて猛将として名を馳せ、敵将をも魅了し続けた本田忠勝は、1609年に家督を嫡男の忠勝に譲り隠居。63歳で死去しました。

本多忠勝の愛刀・愛槍

そんな歴史的に名高い武将である本多忠勝ですが、中務正宗です。正宗というのは刀工の名前で、五郞入道と称し相州伝といわれる沸の激しい乱刀の作風を完成させた人物です。この刀は生涯に渡り本多忠勝が所持し、本多忠勝と共に戦乱の世を駆け抜けた名刀として知られています。刃の長さは67㎝、元幅2.9㎝、先幅2.1㎝という太刀で、本刀は反りが浅く、身幅が広く作られています。中蜂、切先が伸びごころとなっており、これは正宗の特徴を芦原した姿です。現在は国宝として指定されており、折れず曲がらずよく切れる、実用的な姿を持ちながらも、芸術的価値も高い逸品として親しまれています。本多忠勝が所持したあとは、徳川家康、水戸徳川家を経て、徳川将軍家に伝来したとされています。

また本多忠勝の生涯の武器として忘れてはいけないのが、蜻蛉切です。元々は服部氏が称していた槍でしたが、後に本多忠勝はその槍を譲り受け、忠勝の挙げ続けた功績を称え、天下三名槍の1つに数えられるほど。この槍は穂先に止まった蜻蛉が真っ二つになったという逸話から蜻蛉切りという名前がつけられました。刃の長さ43.8㎝、柄の長さ6メートルという常人では到底取扱いができない大身槍ですが、忠勝が戦場へと向かう際に必ず携行していたとされています。しかし晩年体力の衰えが出てきてからは、槍は自分の体に合う物が一番と、槍の柄を惜しみなく詰め、一般的な槍と同じ長さに調整を施しています。例え愛槍といえども、自身の体力に合わせて使い勝手を調整する、武人の潔さを鑑みれるエピソードです。

本多忠勝の愛刀の現在

本多忠勝の愛刀である中務正宗は国宝として、現在東京国立博物館に飾られています。華やかな相州伝らしい一振りで、芸術品としても非常に美しい逸品です。また愛槍である蜻蛉切りは岡崎城においてそのレプリカを見ることができます。レプリカではありますが、藤原正真の作であるため非常に精巧に作られており、本多忠勝がどのような愛槍を持っていたのか、気になる方はぜひチェックしてみてはいかがでしょうか。

まとめ

本多忠勝は武人として、君主の徳川家康に忠誠を誓いその生涯に幕を閉じました。最後の最後まで武人として勇ましい姿を見せ続け敵将までをも魅了した本多忠勝。武人として戦場を駆け巡った忠勝の晩年は非常に穏やかなものでしたが、現在に至るまで世に名前を馳せ続ける歴史的人物です。そんな本多忠勝が利用していた愛刀は、現在も大切に保管されています。また愛槍もレプリカであれば見ることが可能ですので、本多忠勝についてもっと見識を深めたいという方、本多忠勝が生きた世界をもっと肌で感じたい方は、ぜひとも現地に赴いてご覧になってみてはいかがでしょうか。

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