日本刀の原料は「玉鋼」と呼ばれるものであることをご存じでしょうか。これは日本人がつくった、人にしか生み出せない特別な原料です。もちろん玉鋼の原料となるものもありますが、そこから一足飛びに日本刀を作ることはできません。ここでは日本刀が何から作られているのか、その神秘を詳しく紐解いていきます。
日本の匠が生み出したのが「玉鋼」です
日本刀の原料は「玉鋼(たまはがね)」であり、それは人の生み出した非常に純度の高い鋼です。玉鋼は、古墳時代から連綿と研究を続け、江戸時代に完成を見たとされる匠の技で生まれたものです。その技術には「たたら製鉄」という技術が必要とされ、この製法でなければ現代でも生み出すことはかないません。
大本の原料はといえば、どこにでもある砂鉄です。強く固い武器を鍛えるというのに、なぜもろく弱い砂鉄を選んだのかというと、日本にはまとまった鉄鉱石が簡単に採れるような鉱山がなかったからです。またもし鉄鉱石がふんだんにあったとしても、それを溶かすだけの火力を生む石炭も充分には採れませんでした。
こうした環境下で苦肉の策として、細かい粒の砂鉄と低温でも潤沢に作れる木炭とを材料に、製鉄を行う独自の技術を生み出したのです。それが結果として唯一無二となる、非常に高純度の鋼を生み出す結果へと結びつきました。玉鋼という呼び名は明治以降につけたもので、当時は匠だけが知る秘伝とされました。
日本美術刀剣保存協会がたたらを復活させました
実は明治になると一気に近代工業化が進み、大量生産ができないたたら製鉄の技術は一時途絶えます。そして戦争が終わるとそれまでに蓄えられていた玉鋼も底をつき、ついには完全に存在しなくなりました。当時政府は、新しい技術があれば玉鋼に替わる素材は作れるだろうと考えていたようですが、通産省や大手企業が取り組むも、同じクオリティをもつ素材は生み出せませんでした。
公益財団法人日本美術刀剣保存協会は、この一度ついえた日本のたたら製鉄の技術を復活させるため、1972年に立ち上がった団体です。日立金属株式会社の協力を得て、靖国たたらと呼ばれる地下構造をベースに、島根県奥出雲町大呂(おおろ)にプロジェクトを立ち上げました。
靖国たたらで技師長を勤めた、故・安部由蔵氏と故・久村歓治氏は、秘伝の技術を復活のために注ぎ、ついにはたたらでの玉鋼製造を成功させました。このたたら場は「日刀保たたら」という名称となり、現在もその技術を伝えています。たたら製鉄の技術は文化財保護法の選定保存技術に選定され、伝統の伝承と技術者の養成をいまも続けています。
なぜ玉鋼でなければ日本刀は作れないの?
玉鋼は、炭素量が1~1.5%の鋼です。先にも触れたとおり、砂鉄を木炭で溶かして作られます。不純物元素の含有量が非常に低いという特徴があり、現代でも「極めて純粋な素材」です。現在は前項で紹介した「日刀保たたら」でのみ生産が可能となっており、ここでつくられた玉鋼が全国の刀匠のもとへと届けられています。
なぜそうまでして玉鋼が必要なのか、玉鋼でなければならないのか、それはひとえにその純度の高さにあります。前述したとおり国を挙げたプロジェクトでも、現代技術では代替となる素材は生み出せませんでした。そもそも近代技術は効率重視で、大量生産が手法の正義とされます。
玉鋼はそうした大量生産では生み出せない純度の高い鉄鋼素材であり、どうしても人の手と時間をかけて、手順どおりに作り上げていかなければなりません。しかしながらその製造工程は実に過酷です。火の前で三日三晩不休で製鉄を続けるたたら操業では、土でできた炉自体もひとつの化学反応の要素とされ、何一つ手を抜くことができません。
その都度炉から作り、製鉄して最後に取り出すときには炉を壊し、途中で止めることもやり直すことも許されない工程がつづきます。神経を集中させ、原料の状態を判断し、精神力を保ちながら肉体労働を行う、それが現代ですら避けられない玉鋼の作り方なのです。
日本刀は、折れないこと、曲がらないこと、そしてよく切れることが求められますが、それには鋼の成分バランスが非常に重要です。熱した玉鋼を両面交互に15回鍛錬すると、徐々に炭素量が下がり最終的には0.7%に落ち着くといいますから、データも取れない時代にすさまじい正確さが求められたといえるでしょう。この炭素量が折れず曲がらず切れる刀身を生み出します。すべてが揃ってこそ、成分のバランスが取れ、日本刀が作れるといえます。
とはいえ、ここまでわかっているなら現代の技術でこれに替わる製法はないのかと、疑問に感じる人は多いでしょう。過酷なたたら製鉄をしなくても、もっとオートマティックにできないものかと考えるのは当然です。もちろん専門家たちも同じように考え、さまざまな実験も行っていますが、実現されていないのが事実です。
特殊鋼を研究している企業が玉鋼と同じ成分量の鋼を作り鍛えてみたものの、途中で折れたり、仕上がりがもろくなったりといった失敗を繰り返しています。理由としては、人の手による製鉄が均一ではない炭素量を生むことが、強さの要因だと考えられています。不均一な「ムラ」こそが強さの理由であり、精密機器にはできない結果を生んでいるのです。
日本刀の原料である「玉鋼(たまはがね)」について解説しました。先端技術が開発され続ける現代においても、玉鋼に替わる素材は作り出すことができていません。玉鋼でなければ日本刀は作れない、その事実を知らない日本人もすでに多いでしょう。
でも鉄鉱石も石炭も乏しい日本において、砂鉄と木炭から1000年にわたる試行錯誤で生み出した、稀にみる純度の高い素材が玉鋼です。この現代においても、刀匠のもとには奥出雲に復活した「日刀保たたら」で製鉄された玉鋼が届けられています。