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公開日:2023/08/15  

名工の神髄!天下五剣の一振り・数珠丸恒次の神秘に迫る!

数珠丸恒次
日本刀の最高傑作と称される天下五剣。その中で、仏法と深い結びつきをもつ刀があります。その名は数珠丸恒次。その名の通り、日蓮宗の開祖である日蓮の護り手として、邪悪を断ち切る力を有していると伝えられています。今回は、数珠丸恒次の由来やその謎に迫り、特徴的な刀身や関連する逸話、現在の所在地である寺院についても紹介しましょう。

天下五剣のひとつ・数珠丸恒次とは

数珠丸恒次は鎌倉時代に製作されたとされる名刀です。刀の特徴として、数珠丸恒次の刃長は83.9cmであり、反りは3.0cm。刀身の先端部分は元幅(もとはば)に比べて細くなっており、このような形状は「踏ん張りがある」と表現されます。

刃文は基本的な形式である直刃(すぐは)であり、先端まで直線的に伸びる姿が特徴的です。この刀はシンプルながらも力強さを感じさせるものであり、日蓮のように自分の信念を曲げなかった人物に相応しい名剣と言えるでしょう。この刀は備中国(現在の岡山県西部)で活躍した刀工集団である青江派に属する青江恒次によって作られました。

備中国は吉備国(現在の岡山県を中心とした地域)にふくまれ、優れた鉄の産地として知られ、古くから刀の生産が盛んだった地域です。恒次自身も優れた名工であり、後鳥羽上皇によって創設された御番鍛冶にも選ばれるほどの腕前をもっていました。

名前の由来

「数珠丸」という名前がつけられた理由は、この刀を所持していた人物が僧侶であったことに由来します。その人物とは日蓮です。日蓮宗(法華宗)の開祖であり、他の宗派や鎌倉幕府との対立や迫害にさらされながらも布教活動を行っていました。

一度は鎌倉幕府の要人である平頼綱によって捕らえられ、処刑寸前まで追い詰められたという逸話が残っています。日蓮の危険な立場を案じた信者が、彼の護身用としてこの刀を献上したとされているのです。

刀の美しさに感嘆した日蓮は、刀の柄に数珠を巻いて「破邪顕正」の太刀として身につけました。この刀を献上した人物としては、日蓮の強力な支持者であった南部実長(波木井実長)や北条弥源太が推測されています。南部実長は青森県八戸市に本拠を構えた根城南部氏(のちの盛岡藩南部氏)の祖となる人物です。

数珠丸恒次にまつわるエピソード

数珠丸の所有者である日蓮は、1222年に安房国(現在の千葉県南部)で生まれました。その後、比叡山延暦寺や奈良の寺院、高野山金剛峯寺などで学問にはげみ、1253年に日蓮宗(法華宗)を創設したのです。しかし当時、勢力をもっていた念仏宗、禅宗、真言宗、律宗などの他宗派からの強い批判にさらされ、命の危機に何度も立たされました。

先述したように迫害や鎌倉幕府との対立、伊豆や佐渡への流罪など、危険な状況下で活動していた日蓮は常に命に危険が迫っていたのです。しかし、彼には信仰心の篤い信者たちがおり、その中のひとりが日蓮の安全を心配して護身用の刀を献上しました。この刀はただ身を守るだけでなく、険しい山道を登る際に杖としても使用されていたのです。伝承によれば、日蓮が刀を杖代わりにして山を登ると、不思議と転ばずに進んだといわれています。

日蓮の死後、この刀は身延山久遠寺に持ち込まれ、厳重に管理されました。江戸時代初期には紀州徳川家に渡ったとされていますが、その詳細な由来は不明です。そして、江戸時代中期の享保年間(1716~1736年)になって突然行方不明となり、その後、約200年近い間、存在が不明な期間がありました。そして、刀が再び現れたのは1919年(大正8年)から1920年(大正9年)ごろです。

杉原祥造という尼崎に住む刀剣鑑定家が、自身の家族が競売に出品した品の中から偶然数珠丸恒次を発見しました。杉原は刀剣研究の第一人者であり、杉原日本刀学研究所を設立した人物です。彼は自らの財産を投じてこの刀を購入し、久遠寺に返還しようとしましたが、久遠寺側は真贋が確定していないため受け取りを拒否しました。そのため、杉原は日蓮宗の寺院である尼崎の本興寺に刀を寄贈。1922年、寄贈されたこの刀は国の重要文化財に指定されたのです。

重要文化財のため値段はつけられない

数珠丸恒次は現在、杉原祥造が寄贈した本興寺にて保管されています。この刀は重要文化財として評価されており、そのために単純な金銭的価値をつけることはできないのです。ちなみに、久遠寺が受け取りを拒否した理由については明確な情報はありません。

ひとつの考えとしては、本興寺に保管されている刀がほかの青江恒次の作品とは異なる作風をもっているためであると考えられます。それでも、この刀は堂々たる作品であり、日本刀の研究家である佐藤寒山は、日蓮の所有していた刀としてもまったく違和感がない素晴らしい刀であると高く評価しているのです。

まとめ

今回は数珠丸恒次について紹介しました。この刀は天下五剣のひとつであり、国の重要文化財に指定されています。通常、刀は武士のものとされますが、数珠丸恒次は日蓮という僧侶が所有していた特異な存在です。日蓮は自身の信念を曲げずに鎌倉幕府と対立し続けた人物であり、その強固な意志がこの刀にも反映されています。数珠丸恒次はシンプルでありながら力強く美しい姿をもち、佐藤寒山の評価通り、日蓮の刀としてふさわしい風格を備えているといえるでしょう。

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