日本刀の買取店にはたくさんの刀が集まって来ます。これらの刀は、いったいどのような成分で構成されているのかご存じでしょうか。刀身を作り出す金属はたったひとつ「玉鋼(たまはがね)」ですが、この金属はどのような成分を持つのか、どのようにして作られるのか、詳しく解説します。
日本古来の製鉄法「たたら製鉄」で作られる
日本刀はすべて玉鋼から作られており、それ以外のものはいかに刀の形をしていようと、日本刀を名乗ることは許されません。玉鋼は砂鉄から作られますが、現在ではこれを使用した包丁なども製造されており、世界的にも大変素晴らしい刃物として高く評価されています。
玉鋼の成分は炭素量1~1.5%の鋼です。きわめて不純物元素の含有量が低く、非常に純粋な素材であることが重要な点です。しかも、現代化学により作られた鋼より酸素を多く含む特徴があり、このことは通常マイナスにはたらくところを逆にプラスに転じる製法が用いられていることも特筆できるでしょう。
酸素が多いということは鋼中に酸化物系介在物を多く含むことになりますが、この酸化物系介在物が素材に軟らかく伸びのよい性質を生み出します。ご存じのとおり刀身は何度も何度も繰り返し折り返す鍛錬をおこないますが、この製法により酸化物系介在物はちりぢりに分散し、刀身に独特の粘りを生み出し、美しい紋様を形成します。
しかも砥ぎ性も高めることがわかっており、刀身に日本刀たる性質を生み出すことに深く関与しているのです。たたら製鉄で作られる玉鋼は、鍛接のしやすさ、熱処理による粘り強さ、研磨のしやすさという、刀作りになくてはならない素晴らしい性質をもたらします。しかも錆びにくく美しい紋様まで生み出すのですから、実用性に芸術性まで付加する最高の素材と言ってよいでしょう。
和鋼(わこう)と洋鋼(ようこう)の違いを解説
鉄鋼には和鋼(わこう)と洋鋼(ようこう)とがあり、玉鋼はもちろん和鋼です。洋鋼は高炉に鉄鉱石を入れて作りますが、この鉄では日本刀は作れません。和鋼の原材料は鉄鉱石ではなく砂鉄ですが、国内最古の製鉄遺跡である岡山県の千引カナクロ谷遺跡では鉄鉱石が使われていたと考えられています。
これが平安時代以降になると全国的に砂鉄を原料とするたたら製鉄に代わり、良質な玉鋼が作られるようになりました。砂鉄とは地下のマグマが冷やされて火成岩となり、そこに含まれるチタン磁鉄鉱やフェロチタン鉄鉱が風化して分離したものです。中国山地で採れる砂鉄には真砂(まさ)と赤目(あこめ)という2つの種類がありますが、希少性が高く不純物が少ない真砂のほうが優れた材料となります。
ただし、融点の高さなどから非常に扱いにくいという難点があり、真砂砂鉄を使った製鋼法が生まれるまでは試行錯誤がありました。こうした中、中国山陰地方で開発されたのが玉鋼を生産する技術であり、和鋼の生産を支える一大産業となったのです。
江戸時代の終わりには再度洋鋼の技術がもたらされますが、それまで日本では和鋼で刀のみならず鍋や釜、あらゆる刃物などが作られていました。和鋼の生産量は年間1万トンとも言われていますので、全国で大変多く作られていたことがわかります。
ただ、たたら製鉄は戦後に途絶え、そのこともありすでに製法のわからなくなってしまった銘刀もたくさん存在します。それらの多くは国の重要文化財や国宝として保管されていますが、失われてしまった古来の刀匠の技は二度と復活することはありません。1969年には鉄鋼協会が島根県でたたらを復活させる復元計画委員会を設立し和鋼の供給を実現しましたが、継続には至りませんでした。
そして1977年に日立金属関連の鳥上木炭銑工場と日本美術刀剣保存協会が再度島根県に復活させたのが日刀保(にっとうほ)たたらです。こちらは現在も稼働中で、毎年数トンの鋼塊を生産し、今も全国の刀匠に供給を続けています。
日本刀には成分の異なる多種類の鉄が使われている
砂鉄も鉄鉱石も酸素と化合し、酸化鉄として存在しています。そのため炭素のようにより酸素と結合しやすい元素を還元剤として1500℃程度の高温で化学反応を起こし、純粋な鉄分を分離させる必要があります。
これを高炉でおこない、鉄鉱石に30%程度含まれていた酸素を最終的0.0005%程度にまで軽減するのが洋鋼の製法です。手早くできる効率的な方法である反面、還元に用いる炭素が5%前後素材に溶け込んでしまうほか、ケイ素やマンガン、リン、硫黄などの不純物も含むため、もろく質の悪い鉄になってしまいます。
玉鋼は高炉に比べて低い温度でじっくり製鉄するため不純物の還元が進まず、酸素や窒素も溶け込みにくい硬さと粘りを持つ純良な質を得ることができるのです。
日本刀は、こうした純度の高い玉鋼を何種類も使って作られます。宗派によって種類数も異なりますが、しなやかな強靱さを持つために軟鉄を心鉄に外側を皮金で包み、刃先にはさらに硬い鋼を加えることで形作られるのが一般的です。
心鉄は軟鉄と玉鋼を2:1程度に混ぜ、何度も叩き、十数回折り重ねることで炭素量を0.3%程度に鍛え、皮金は玉鋼の小片を何枚も重ねて1枚の鏨(ただね)にし、折り返すことを二十数回繰り返して炭素量0.6%程度に鍛えます。一振りの日本刀が形作られるまでにいったいどれだけの手が介するものか、知ればかけがえのない時間がそこに見えるでしょう。
日本刀の成分は玉鋼という和鋼であり、成分は炭素量1~1.5%の非常に純度の高い鋼です。伝統のたたら製鉄で作られる玉鋼を使った刀でない限り日本刀は名乗れませんので、所有するにも買取店に出すにも、刀身の質はしっかり見極める必要があるでしょう。
強いだけでなく、粘り強くしなやかな伸びを持つ世界唯一の玉鋼は、現在世界的にも注目を集める技術で作られます。たたら製鉄一度は潰えた技術ですが、現在では島根県で復活を遂げており、全国の刀匠のもとへ和鋼を供給し続けています。